5/4(火)
今週のお題「おうち時間2021」
と,いいつつもエレパレ談義。
本当はちょっときちんと書き残しておきたいことがあるのだけど,
それは今はばかられるので,昨日やっと見たエレパレのことをまとめておく。
ザ・エレクトリカルパレーズ
年末から観よう観ようと思ってたけど,忙しくてどうしても後回しになってしまった。
GWものすごく時間ができたのでやっと鑑賞することができた。
衝撃・・・とまでは言わないけど,吉川きっちょむの発言でニヤニヤする自分もいれば,ワラバランス宮﨑に共感する自分もいたし,きょんみたいに認められることに喜びを感じる自分もいれば,最後の西村のように記憶に蓋をする自分もいる。
ここまで多様に共感できる人間も観た中では珍しいんじゃないんだろうか。
だいたい感想ググってると,伊藤みたいな感想か,元ゲオルギーの感想か,そういう風な見方が一番多い気がする。ちょこちょこきょん派がいる感じか。
僕はマジで全部共感できた。
何がどうとかじゃないんだよな。ああいう,エレパレみたいな集団はどこにでもあった。マジであった。しかもみんな一律に進学する(とされている)高校より上の段階であると思う。
そりゃ,小・中・高でエレパレみたいな集団ができることもあるだろうけど,それは蓋をしない記憶になると思う。なんだろう,超平和バスターズみたいな感じよ。
でも,大学とか,そういうところでできていく,「自立(自律)」が求められる空間でできていく集団に,エレパレ的要素が多分に含まれているなぁと思う。
僕も,今,生きている中で振り返りたくなくて蓋をしている集団の記憶はあるし,周りから疎まれていたかもしれないけど入れてよかった(認められてよかった)集団もあったし,自分が中心だぜ!うぇーい!と思ってた集団もあったと思う。
誰の人生にもエレパレはあるし,エレパレは一つの青春の幻影だと思う。
だからこそ,みんなに見てほしい。ニューヨークがどうとか,吉本芸人がどうとかそういうのを全部,抜きにして,みんな経験したことのある「集団」への複雑な気持ちが出てくると思うので,観ていない人はぜひ,GWラストの日を使ってみてほしい。そして,自分の過ごしてきた青春の甘酸っぱさとか若さとか全部肯定して,大人として立派に生きていってほしい。
4/11(日)
新年度が始まったまとめ談義。
先週から新年度が始まりましたね。
まぁ,しんどい。
やっぱり人間は「変化」が一番しんどいよ。
本格的に始まって2日しか経ってないけど,超しんどい。
安定軌道に乗るまでが大変だよ。
そこはうまくやれるのかなーとぼーっと考えながらなんとかしてます。
だいたい2週間でちょっと気になったことは,
「教師のバトン」ですね。もうこれ,マジこれ。
デカい声では言えないけど,
正直「それ,ほんとに!?」と思う事案ばっかりで,
信憑性が何とも言えなさすぎる。マジで。
ドヤってるのかどうかはわからないけど,
「10日でやめました」発言とかはマジで「どうなの?」って思うし。
あのハッシュタグ見てると,マジで自分の職場が素晴らしいものだと感じざる負えなくなりますよ。
これ書いてる途中で気づいたけどnoteもツイアカも消えてる。
釣りだったのかな。
それにしたって,別に萩生田さんの肩持つわけじゃないけど,
あのハッシュタグはしんどすぎやしないかね。
もうちょっとポジティブなことを書きなさいとまでは言わないけど,
そこまで悪化している職場環境が世間に蔓延しまくってるのが衝撃だった。
僕もしんどいけれど,明日から割ときちんと頑張ろうと思う。
3/31(水)
結局さっていう,談義。
朝はちゃんと起きた。なんだったら出勤するぞ!みたいなレベルで起きた。そしてグダグダ準備をし,7時半には家を出た。これはすごい。本当にすごい。自分で自分を褒めたかった。
そして,ダラダラ日田のほうへ。
大観峰まで行こうと思ったけど,なんとなく別に面白いこともないしな,っていう感じで杖立に。
2年ぶりの鯉のぼりはなかなかに壮観だった。川の近くまでバイクを寄せられるので,ロケーションはとても良いですね。
そこから特にやることもないので,そのまま帰宅・・・。
と思いきや,行ってしまったパチンコ屋さん。
スーパーコンビ7500を始めてみたので打ち込んでしまった。
でもまぁ,複数台あってもね。そもそも上段にすら入りませんよ。悲しい。1回ぐらいクルーンに行きたかった。
ジョーズで初めて金保留見たけど,華麗に外しました。乙女6でバグってたけど,平和ってやっぱり平和やな。
あと,ぷらぷら休憩がてら田舎のギリギリのパチ屋をいくつか見ながら帰宅。
あるお店で,不自然にスロットの島が全部ベニヤ(そもそもベニヤが僕の稼働店でほぼ見ない)になっているところを見つけて,
ダラダラ休憩代と思ってリノを打ちながら気づいた。
「ジャグラーだ」
僕のマイホ近辺や,街での稼働店だとまっっっっったく気づかなかったけど,こういうギリギリのパチ屋だと,
海とジャグラー入れられないっていうのは死活問題なんだろうなと感じた。
そもそもたぶんごっそりジャグラー抜く前に導入した沖ドキ2と南国育ちのあまりにもの稼働の無さに店長は頭を抱えているんじゃないんだろうかと思いながら,僕はその店を後にした。
で,昼飯を食っていないことを思い出したので,道中のモスバーガーへ。
ふと,隣を見ると,「あ,ここ昔寄ったことあるパチ屋やな」ということに気づく。
でも駐車場に車がない。
よくよく見ると去年の秋で休業していた。
なんだろう,旗艦店も旗艦店でいいのよ。新台いっぱい打てるし。店長が渋い人だと「そんなの新台で入れるの!?」みたいなこともあるし。
でも,こういう地域に根付いたパチ屋がつぶれていくのはどうなんだろうって感じるね。
パチスロ系YouTuberたちが軒並みエコー21に行ってたり,7ホールに行ってたりしたけど,本当に,難しい問題だなぁと。
なんだかなぁ。法律って難しいねぇ。
3/30(火)
急に休みが来たってね,談義。
毎年恒例なのですが,この時期は春休みです。
しかし,昨年に引き続きしっかり予定を立てている休みではないので,すごく虚無なまま2日も過ごしてしまった。
とりあえず明日は久しぶりにアラームを解禁して,バイクでどこかに行こうかと思う。早起きして,大観峰ぐらいまで行けば,夕方プールに行けるんじゃないかという算段。
これがうまくいくかどうかは全然期待していないが,なんとか有意義な休みにしたいとは思っている。
そもそも毎日毎日馬車馬のように働いているのにさ,急に休みですよと解放されたってちょっとそれは困るんですよ。そういうことを前提で割と予定を組んだりするわけですから。仕事がない時の予定の組み方が本当にわからなくなっている。
マジでもうどうしようもなく怠惰な毎日を過ごしている僕をどうにかしてくれ。明日こそは有効に使いたいですわ。
3/14(日)
ゴシップサプライズの談義。
職種が職種なので同僚との結婚話なんかはすごく内密に事が運ばれることが多いが,
すごく冷静に考えると,まぁ,それなりにお世話になってたりする人のそういう話なら別におめでとうという気持ちにならんこともないけど,
あんまりかかわりのない部署の人のそういう話をあたかも「ほら!お前もびっくりするだろう!」という体でもってこられるのは結構困るな。
ネタの面とかいろいろ企画面では好きだけど,全然人間的に好きになれそうにない感情をさらば森田に抱くのもこういうことなんだと思う。
カッコつけてるけど基本的にわがままなんだろうなーとは思う。
自分の都合のいい人が一番いいんだろうなと30過ぎていよいようすうす気づき始めて,自らの振る舞いをあんまり正そうとする姿勢もいよいよなくなってきてるのに危機感がないことはない。
のんびりマイペースに生きていくのが大事ですよねぇ。
3/11(木)
そうかもう10年か。談義。
否応がなしにどこかで話題になって,必ず目に入るので,忘れようにも忘れようがないんじゃないかと思う,3.11。
でも,今日「ああ,ダメだなぁ」と思ったことが一つあって,時間が少しだけあやふやになっていた。僕はこういう類の日は割と時間まで正確に覚えておくことに意味があるんじゃなかろうかと思っているタイプなので,朝,出勤してから時間が一瞬出てこなかったのは焦った。
あの日以降から,日本の社会だけじゃなくて,割と日本人の精神性みたいなものも変わったような気がしないでもない。
正直な話,西の人からすると他人事だった人が多いと思う。友達や知り合いが関東にいたから心配することはあったけど,割と九州の人たちの温度差は激しかったと思う。
(ちょうど就活とかも始まりそうかな,みたいな時期だったので,そういうエピソードトーク作りにボランティアに行く人がすごく多かったのは覚えてるな。めちゃくちゃそういう人嫌いだったけど。)
僕は徹底して距離を置いていたと思う。がっつり取り上げることもないし,でも無関心を装うわけでもないし。一番怠いやつね。海外の報道写真をひたすらにストックしていたのもそういうところに現れているんだろうな。
先に挙げた日本人の精神性だけど,なんかあのあたりを起点に「人と人のつながり」を求める人がすごく増えた気がする。
元々そうだったのかもしれないし,僕たちが学生としてそういう時期に入っていたのかもしれないけど,よくわからん何を目的としとるかわからん学生団体が有象無象にわき始めたような気がしないでもない。
誰かとつながることの再確認っていうのは10年経ってまたコロナ禍の影響で見直されている。これがいいことなのかわるいことなのか,それはいまいちよくわからんが,僕は仲良くしてくれている先輩が結婚するという話を耳にして,人と人のつながりをなんとも素晴らしいものなのだろうかとこういう日に再認識している。
その流れで上司のラインが2時間ぐらい前に来ているという事実は無視して寝る。明日でいいっしょ!笑
3/10(水)
「滝が欲しい」の回。
4/3を迎える前に無事に初代「仮面ライダー」を全話見終わり,V3に突入した。
初代に比べるとV3以降の昭和は正直1~2周見たか見てないかぐらいのレベルなので,わりと新鮮な気持ちで見ることができている。
1号・2号よりも世代を越えてV3が作品としてもヒーローとしても人気なのも,初期だけ見ていてもわりとうなずける(それも最近の”1号神格化”に伴って薄れ始めてはいるけれど)。
でも,とりあえず1クール見終わって,本当に少しだけ不満があるというか,「これはやっぱりいた方がよかったんじゃないかなぁ」というポイントだけここにメモっておきたい。
それは「滝和也の存在」だ。
まだ1クールしか見ていないので,佐久間ケンの存在は置いておくとして,本当に「滝和也」というキャラクター配置のおかげで,初代「仮面ライダー」はかなりお話の上では展開させやすかったんじゃないかと感じる。
よく,V3の1クール目の問題点として「2話またぎによるV3の弱体化」っていう話が上がる(実際にそうだったんだろうが)けど,これも結局怪人を対処できる存在がV3しかいないことが問題なんじゃないんだろうか。
少なくとも終盤の滝ならなんとか怪人1体ぐらい押さえつけてその間にV3が片方を処理しているという作劇もできたんじゃないんだろうか。とりあえず,1クールだけでも,V3一人しかいないが故にデストロンにつかまっちゃう人が多すぎる。
そら,「V3ェ・・・」みたいな空気になるのもわからんでもない。
でも,お話のテンポと言い,ストーリーの工夫と言い,そういうところは,初代「仮面ライダー」よりおもしろいなと改めて感じてはいる。僕に足りないと思うのは「滝和也の存在」だけだ,今のところは。